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「俗に、余世というが・・・・」
2011/06/29(Wed)
俗に余世というが、五十の齢となった今の私なりに考えてみれば、
私にとっての余世とはこの世に肉体を以って生まれた時からであったと云える。

やるべきことを先伸ばしにし続け、やり残していたことをやるために生まれた。

忘れていた本来の自分を思い出すために生まれてきた。

離れ離れになっていた魂レベルの仲間たちと再会するために生まれてきた。

封印され続けていた事実と向きあうために生まれてきた。

視点を換えれば、私が封印した側の者であるが故に、「お詫び」として封印を解く機会を授かった。

不可思議ずくしの出逢いと体験は今も続いており、不可思議ではなく「あたりまえ」であったと考えれば、
私の人生のすべての出来事が「なるほど!」となる。

私ひとりでは、この一生ではあまりにも困難な「解封」である故に、「類は、友を呼ぶ」という言葉どおりである。
互いが手の届かない部分を補い合える「魂レベルの仲間との輪」が続いているのである。

私が人生に於いて、導かれるが如く旅を続けたいという欲求に包まれている理由(わけ)である。

これまでのシステムが崩壊へと向かっている今、「気づく」から「新たに築く(元に戻す)」流れであることは、
目に見える社会の事象が証明している。

「人は石垣、人は城」とは、戦国武将のひとり甲斐の武田信玄である。

人と人の出逢いが「築く」ことへの一番の近道である。

これが今の、私の「答え」である。

「答え」は、いつも伝播していく。

想いというエネルギーとは、本来このために使うモノである。

世はまさに幕末から戦国期まで重なり、いづれ平安期へと時代を重ねる時節を迎える。

戦を終わらすには、皆が己との戦を経て「友」と成すまで己に詫び、

お詫びの証しを行動として示し続けるのみである。


我が号令は、「者ども、出逢え!」である。




かつて三たび、笹子峠を越える旅をした。
「風林火山」と「レッドクリフ」・・・・・キーワードは、いつも目の前にある。



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コメント
- 気付くと築く -
気付くが築くとなるのは、
気付いた時、気付いたことに素直に従って行動することである。
気付いても、築かないのであれば、何も気付いていないに等しい。
2011/07/04 13:41  | URL | 永山幸子 #mQop/nM.[ 編集] ▲ top
- 承認待ちコメント -
このコメントは管理者の承認待ちです
2015/10/13 12:12  | | #[ 編集] ▲ top
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