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「点地想贈」・・・新燃岳噴火は、大地の狼煙
2011/02/04(Fri)
前回の・・・・・つづき、である。


今、私が知るこの世の中、この世界には「驚愕の事実」がある。

私は、日本人として生まれたのに、日本のことを「知らないまま」にしていた。
私は、この世に生まれたのに、この世の中の本当のことを「知らないまま」にしていた。

今の私なりに正しく表現すれば、「シロウトも、してこなかった」となる。
つまり、「頭無の、素人・ずぶの、しろうと」である。

私は今、この世界に対し私がしてきたことの愚かさを、「想い知る」時を迎えている。

「驚愕の事実」とは、いつも、恐ろしい出来事を招くことになった「原因」である。

「もっと早い段階で、知っていたら・・・」って、云われてもご縁である。
「もっと早い段階で、云ってくれたら・・・」って、云われてもご縁である。

覚者が、シツコイくらい云い続けても「聞いとらんかったもん( 者たち )」のタワゴトである。
覚者を、「素人扱い」し続けた者たちが使う「いい訳」の決まり文句とは、
「だって、知らんかったもん ! 聞いとらんかったもん ! 」・・・である。

テレビドラマ「ギルティ」の最終話では、
現在の日本人の「想い」に対する無関心さが如何に恐ろしいことかを「驚愕の事実」として描いていた。

「たった一人」の女性が抱いた自分勝手な「おかしな想い」が、やがて国家権力をも巻き込み、
多くの人々を「恐ろしい結果」へと導く「原因」となっていることを見事に描いていた。

「まさか、そんなことで・・・・・」とは、
最悪のラストを迎えた主人公が、「原因」を知り思わず口にした言葉である。
ゲに、人々が創り出している「おかしな想い」の恐ろしさである。 


では、本題に参る。

「天にツバを吐けば、自分に返る」と、云われてきた。

「大地にツバを吐けば、自分に返る」・・・ご自所為である。


地球が「生命体」であることは、もう知られている事実である。
日本列島が、その地球の一部分である以上、この大地とて「生きモノ」である。
私を含め大多数の日本人は、この「眠れぬ龍の背中」にて暮らしている。

大地が、「気」を放っている以上、ソコには「意識」「想い」がある。
大地は、人間とは違い、言葉を用いない方法で「意思表示」をしている。
大地は、人間たちが気づかないところで、常に人間たちの情報を得ている。

日本の大地と、日本人は目に見えない「意図」で繋がっているのである。


つまり、日本の大地は、我々の想いも行動も「筒抜け・お見通し」なのである。
何故なら、元々この世界とは、言葉の要らない「想いの世界」だからである。
本来の世界は、「想い」「気」によってコミュニケーションが可能である。

言葉とは、コミュニケーションの補助的役割を担っているに過ぎないのである。
自然界を見渡せば、容易にワカル話である。


日本の大地は、「ちゃんと、ワカルように」目に見えるカタチで意思表示をする。
「母なる海」である。「父なる大地」である。
日本の大地は、「父と、ワカルように」目に見えるカタチで「想い」を現わす。

私は、日常の生活の中の「見た、聞いた、感じる」という体験に於いて、何かしらのキーワードに反応するクセがある。
私が反応した「キーワード」には、時として「驚愕の事実」が含まれている。

今回、私が反応したのは、一月下旬の東京・秋葉原の「歩行者天国の再開」のニュースと、
その数日後に「新燃岳の活動再開」のニュースである。

この二つの出来事は、関連性を持っている。

日本人の発している「狂気」に対する日本の大地の反応は、これまでとは比較にならない程、スピードアップしている。

つまり、日本の大地が意図的に「緊急の警告メッセージ」を発したのである。

日本が本当に「ヤバイ」時期になっていることの現れである。


秋葉原の「歩行者天国」が中止になった切っ掛けは、あの「秋葉原通り魔事件」である。
狂気の沙汰は、「萌え」に沸き立つ狂気の地で起きた。

事件現場となった秋葉原は、「歩行者天国」から一変して「歩行者地獄」の絵図と化した。
つまり、この事件により、この世が「ニセ天国=地獄」である事実が露呈したのである。


「ニセ天国の再開」は狂気の再開であり、天国への道とは「真逆・まぎゃく」の方向にて、
地獄より下の「最下位」へ真っ逆さまだと気づかぬ日本人が「汚点徒さま」であることの証明となっている。

事件の真意も明らかにしないまま、「歩行者ニセ天国の再開」を始めたのは、
結局は秋葉原ブランドの「目先の金、目当て」である。

事件を引き起こした青年の「真実」も、青年によって殺された7名と怪我を負わされた10名の方々の「犠牲」も、無かったことにするのは「目先のお金」のためってことである。

「また、やっちまった・・・よね」

その「トバッチリ」を受けたのが、新燃岳と宮崎県の方々である。
長年に亘り、現地で暮らしてきた人たちにとっては、「まさか」である。

九州・霧島連山にて活発な火山活動をおっぱじめた「新燃岳・しんもえだけ」により、
宮崎県側の山麓と市街地は、霧の如き火山灰の降灰にて「霧灰だらけ」である。

霧島連山は、私の故郷である鹿児島と隣県宮崎との県境を成している山脈であり、
「新燃岳」は山脈の中程に位置している。

この季節なれば、風の本流は北西であるため噴煙・火山灰は、自ずと宮崎県側へと流れるが、
火山活動が長期化すれば風向きも変わり、鹿児島県側とて「明日は、我が身」である。


一週間前、私は「しんもえだけ」という、ちょっと変わった山の名前を耳にしたとき、
一瞬だけ秋葉原の「萌え?」となった。
直ぐに、「燃え」という字に修正したが、「モエつながり」だけではなく、「再開つながり」も含まれていた。


霧島連山の火山灰なれば、正しく霧の如き「霧灰・きりばい」である。
雪山でも14時間もつホッカイロと云えば、「桐灰・きりばい」である。
冬場の「必需品」なれば、世に出回ると云う「シロモノ」である。

こうなると、
日本の大地からの「メッセージ」であることが明確になってくる。

出来事が起きた時期は共に「一月」、即ち「新年」であり、火山の名前は「新燃」である。
「真念を忘れた民」或いは「信念を持たなくなった民」と成り果てた現在の日本人に対する、日本の大地の想いは「思い出させ !」「モトに戻れ」である。

日本人が、心を、想いを、気を、行動を、社会全体を「荒廃」させている現状は、
火山灰の「降灰」にて事実を知らし示しているのである。

火山噴火による振動が大気に影響を及ぼす「空振・くうしん」なる専門用語を耳にしたが、
マサシク「日本人の気が振れている」事実を示している。

この新燃岳は、かつてハリウッド映画の「007シリーズ」にてロケ地に使われた所である。
「暗号解読」に適したポイントである。
暗号解読しやすいデータ(キーワード)までも、シナリオに盛り込んでいる。

これは、もう日本人にとって、笑えない時期に来ていることを示している。

日本の大地がメッセージを発するとき、最大限の効果を求め、
強い「インパクト」の表現を完璧なタイミングで実行するのである。

然るに、大地としては「それ相応の狼煙・ノロシ」とせねば意味がない。

現在の現地の方々の苦労を思えば、本当に失礼な表現ではあるが、「新燃岳」という火山の名前は、
日本の大地にとっては日本人を「叱るには、もってこい」のキーワードポイントなのである。


「叱るべきときとは、然るべき時であり、然るべきモノが、然るべき手を用いて叱るべし」

「ヤバイ言葉である」
私は今、この記述を書きながら、正直なところ言葉の恐ろしさを感じている。

日本の大地は、日本人の「失然・失念」に対し、「叱然」を用いる。

人智を超えるとは、マサシクこのこと( 叱燃 )である。
自然界のシナリオは、「必然=あたりまえ=叱然」である。

今の世の中、このような時節であるから、私のように「感じ取る者」はアチラこちらにいるはずでアル。

「永山さんよ。そんなの、解っていたよ。何、今頃云ってんだ ! 」って思った方、
その方たちには、それなりの責任を「キッチリ」執って貰わねばなるまい。

「とおの昔」っから知っていたヤツらが、いつまで経っても教えないからこうなるし、
「とおの昔」っから、感じ取っていたヤツらが、「漢字、盗って」呑気に遊んでいたから・・・・・の結果である。 

もう一度述べる、その方たちにはそれなりの責任を「キッチリ」と、執ってもらわねばなるまい。

日本は、ヤクザ・任侠の国である。責任の執り方は、「オトシマエ」である。

だからと云って、私にも責任がない訳ではない。
何故なら、私はここに至るまで「知ろう」と、してこなかったのである。
私は、その責任として「素人・シロウト」なりにでも、今、述べているのである。


疑い深い読者のために、もう少し学問的に述べることにする。

地球上の3割は陸地、7割は海(水)だと「トリアエズ」云われているがウソである。
今の私なりに表現すれば、10の陸地の上に見た目7割の海である。
( 10と7の数字は、秋葉原の被害者の数である)

人体の7割も水分(水)だと「トリアエズ」云われているが、怪しいモノである。
ここで云えることは、地球と人間は「水」によって繋がっているということである。

地球と大地と人間を繋ぐものとは、「水」だけに及ばず、「大気」だけに及ばず、
目に見えない「想い」「思考」・・・・・全てのところでも繋がっている。

私とてこの通り「想い」を語り、「意思表示」することくらいは出来る。
地球とて、「訳あって」体温調整をし続けているのである。
「想い」を言葉にして語らずとも「意図」することあれば、それ相応の「意思表示」をするってことである。

それは、地球が優れた「生命体」であるが故である。

そもそも地球にとって人間など、スケールから云えば、人間にとっての「蟻んこ」どころか、バクテリアのレベルである。

地球にとっては、バクテリアレベルの現在の我々人間如きが、常々「何を想い、何をしているのか。
どんな結果となっているのか」など、すべてお見通しの筒抜け状態なのである。
ちょっと考えれば解ることである。

ここで読者に「まさか・・・そんな、バカな」という思いが出たなら、既に毒が回りつつある状態である。
早急に解毒されることをお勧めする。

因みに、水の中にはハナっから「バクテリア」がいる。
つまり、人体の中には、ハナっから「バクテリア」がいるのである。
バクテリアは死骸となっても、水分を得れば再生し、活動を再開する。
バクテリアは、塩素でもへこたれず高熱のマグマの中でさえ生息している。

バクテリアは、溶鉱炉で溶かした「鉄」の中でも、しっかり生きている。
凄まじいスピードで「生と死、崩壊と再生」を繰り広げ、死ぬ直前に「全データ」を次のバクテリアに手渡し続ける優れものである。

だから、カタチを保てるのである。
この話、既に工学の分野でも生物学の分野でさえも、「とおの昔」から一般的常識である。

つまり、地球と人間が「バクテリアつながり」でアル以上、バクテリアは人間と地球という生命体との「連絡係」ってことである。

視点を変えれば「情報屋・運び屋・隠密・スパイ」である。
人々の「おかしな想い、おかしな気、汚れた想い、汚れた気」は、データとしてバクテリアが完璧に大地に、地球に伝えているのである。

地球という生命体が考案した「情報収集ネットワークシステム」は、完璧である。

私は、前回のブログ記事にて人々が抱いた「想い=想念」と、人々が発している「気」が大気中へと溶け込み、自然現象に影響を及ぼしている事実を述べた。

人々が発した「気」が、どれほどまでに「汚れた気」であるかを考えたとき、
その「気」は大気中にて水分を得たのち「雨」となり、再び地上に降り注ぎ大地の地中深くまで浸透する。

地球という生命体にしてみれば、日本の大地にしてみれば、
「汚れた気の水溶液・雨」が地表に降り落ちた時点で、既に何らかの「想い」を感じて居よう。
それが、体内とも云うべき地中深くまでやって来たら、「ストレス」を覚えざるを得ない。

しかも、人々が自ら作り出した「ストレス」を含んだ雨である。

「雨水を飲んだら腹を壊す」のも、道理である。
「雨に濡れれば、風邪を惹く」・・・病は「気」からである。

「天にツバを吐けば、自分に返る」と、云われてきた。
「大地にツバを吐けば、自分に返る」・・・ご自所為である。

地球にしてみれば、日本の大地にしてみれば、常に「苦汁」を飲まされ続けているってことである。
「タマッタモノ」ではないとなるのも「あたりまえ」である。

地球にしてみれば、マグマ溜まりのマグマとは、自ら溜めたモノではなく、
人々の「汚れた気」によって「溜めさせられたモノ」ってことである。

「マグマだまり」は、いうなれば「大地の堪忍袋」である。

地球が、大地が、「内面に溜め込んだエネルギー」を最も有効に使うために、
情報収集ネットワークシステムを駆使して、最も解り易い条件を備えた「ピンポイント」を探し出し、
無駄のないタイミングで解き放つのである。

その情報(地球の想い、意図、意思)は、
地上にて愚かさを改められるのに改めようとしない「汚点徒さま」に対し、
それ相応のカタチでお返ししているに過ぎないのである。

モトはと云えば、私を含む日本人が「内面に溜め込んだ想い」が原因である。

地球という生命体を、日本列島という大地を、「叱燃」の状況に追い詰め続けている「原因」とは、

私を含む日本人が抱いた「おかしな想い」、
私を含む日本人が発した「汚れた気」、
私を含む日本人が吐き出した「狂気の行動」である。

地質学者や火山の研究家たちの「能書き」では、本当の原因には辿り着けない。

「天災呼ばわりするとは、片腹痛いわ」とは、日本の大地「眠れぬ龍」の言葉である。


「想いの話」は、つづく。

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コメント
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久しぶりに面白い記事を読ませていただきました。
秋葉原事件は、我々の社会の停滞への手痛い(あなたの真似)痛烈な一撃でしたが、それに対する、さらなる偽善的対応には驚きましたね。
社会は安定を求め、生命は発展を求める!
2011/02/26 15:36  | URL | うたのすけ #J8bl0gKU[ 編集] ▲ top
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